日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」に学ぶ 顧客を最高の体験へ誘うためのブランディングとは
Igarashi
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こんにちは、&Fans編集部の五十嵐です。
&Fans では、熱狂を生むさまざまな企業や個人のストーリーや、それらの考えに紐づくマーケティング概念などを紹介しています。
今回は「日本酒の未来をつくる」ことを掲げ、日本酒マニアにだけでなく、独特なブランディングの手法から、さまざまな企業から注目されている株式会社Clearさんに話を伺いました。
Clearさんが手がける日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」のブランドサイトを見ると、”抽選販売”や”限定販売”の文字が。それらはなんと、平均3~5万円というちょっと贅沢なお値段です。
2024年は1万本の商品に対し7万人以上の人が抽選に応募したんだとか!まさに幻のお酒。きっと商品を手にした方は、とっても特別で上質な気分になれることでしょう。私も、どうにか人生で一度飲んでみたい……
手間ひまかけて造られた日本酒といえど、決して安くはない値段の日本酒の抽選販売を常に多くのファンが心待ちしている状況のようです。
一体どのようにしてそのような熱いファンを生み出していったのか?
日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を手がける株式会社Clearの代表取締役CEO 生駒龍史さんにインタビューを行いました。
株式会社Clear 代表取締役CEO 生駒 龍史(いこま りゅうじ)
1986年、東京都生まれ。IT企業などを経て2013年に株式会社Clearを設立。2014年に日本酒メディア「SAKETIMES」をローンチし、2018年7月に日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を創業。これまでベンチャーキャピタル等から18.3億円の資金調達を実施。事業成長によって日本酒の発展に貢献し続ける。国税庁主催「日本産酒類のブランド戦略検討会」(2019年-2023年)委員を務める。2024年、これまでの功績が認められ⽇本醸造学会若手の会より醸造⽂化賞を受賞。
目次
- “希少性”を保ちながら表に出す
- 美味しいと感じてもらうための”体験”に責任を持つ
- 相対的な希少性「プレミアム」から、ものづくりの精神を表す「ラグジュアリー」へ
- 理想は意味が無い。顧客の人生の中に存在するストーリーを大切にすること
- ーSAKE HUNDREDがこういうシーンで、こういう立ち位置で関わって、その人をエンパワーメントする……みたいな、理想のストーリーってあるのでしょうか?
- ーすごいストーリーですね。実際にそれぞれのシーンを見てみたい、体験してみたくなりました。
- ー自由に楽しんでくださいとはありつつ、拠り所としてSAKE HUNDERDの日本酒が存在するというコアな部分が伝わったのですね。人に贈り物をするときって、自分の感性だけで選ぶのは難しいのですが、その物に込められたストーリーがあったら、胸を張って贈ることができますよね。
- ーヒットまでの道のりからお客様の声まで具体的にお聞きできて大変興味深かったです。ありがとうございました!
- 取材を終えて
―本日はよろしくお願いします。早速ですが、株式会社Clearはどのような事業を行っているのですか?
私たちは「日本酒の未来をつくる」というビジョンを抱げ、日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」、それと日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」の2事業体制となっています。
祖業はメディアで、2013年に会社を作って、2014年にSAKETIMESを立ち上げました。記事広告の出稿も多くいただいており、メディア単独で収益化できている状態です。SAKE HUNDREDのオウンドメディアとして機能させているわけではなくて、冒頭に申し上げたビジョンに対して、メディアという山の登り方もあればブランドという登り方もある、それぞれで目指していく。そこは直接シナジーをねらっているわけではなく、日本酒の情報の流通を目的に当時の課題意識からつくったメディアになっています。
「SAKETIMES」https://jp.sake-times.com/
“希少性”を保ちながら表に出す
ーSAKE HUNDRED の中でも『百光(BYAKKO)』という商品が有名ですが、全部で何商品あるのでしょうか?
SAKE HUNDREDというブランドに対して、商品が紐づく形になっており、現在は10ラインナップあります。その中で代表的なものが百光となります。
ー百光はすごい盛り上がりですよね。抽選開始するとすぐに売り切れている印象です。元々売り出したときからこのような感じなのですか?
実はそのようなことはなくて……
まずはじまりからお話しできればと思うのですが、百光は2018年にSAKE HUNDREDを始めて、初の商品として出した日本酒です。その際、ブランドとして初めて出す商品はブランドを象徴する商品でなければいけない、つまり変化球ではなく王道の商品でなければいけないと考えていました。尚且つ、お酒ってその人の好みによって美味しいの基準が変わりますよね。「絶対美味しい正解の味」ってものは無いじゃないですか。けれども、誰が飲んでも美味しい酒でないと、高級市場でトップを取れないとも思ってたので、王道の最上級を作ろう!と出来たのが百光です。
日本酒業界において新しい光になってほしい、「100年先まで光照らすように」という想いを込め、希望の象徴でありたいと『百光』と名付けました。
「SAKE HUNDRED」https://jp.sake100.com/
そのような思いから始まったのですが、1年半くらいかけても全然売れなかったんです。
当時は誰もがいつでも買える状態でブランドサイトで販売していたのですが、製造の難易度が高く、原材料の確保が難しいという特徴を持ったお酒と言うこともあり、また転売も増えてきたので、抽選販売で売っていく方針にシフトしました。売上の規模を作るのは別のお酒に任せて、百光は年間で何回かの販売機会を設けてご案内する商品にしたんですよね。
ただ、そうすると当然ですが百光が全く表に出てこない。売り方としては良いのかもしれないけれど、当初掲げていた役割を果たせていないことに違和感を覚えていたのです。
あくまでも「日本酒って美味しいなあ」と百光を口にすることで思ってもらう人を増やしたくて世に放ったのに、なんか後ろにいるなあってモヤモヤしていました。
そこで、改めて表に出してあげようと決め、将来的に生産量の拡大を見込める原材料に変え、この冬に新しい『百光』としてアップデートすることにしました。
「信じてください」という一方的なメッセージは、お客様にとってのリスクになりうる
ー百光の人気を高めることができた要因はなんだったのでしょうか。
2つあり、1つはブランドアセットです。今は税込み・送料込みで3万8,500円なのですが、当時16,800円で販売していたので、値段は倍くらい変わってるんですよ。とはいえ、16,800円の名も知らぬベンチャーの名も知らぬブランドの酒なんて誰も買わないですよね。良い酒だから売れるだろうっていうのは100%エゴなんです。そのため、「定性的なブランドアセットの構築」を最初の2年間はブランドの方針としました。
売り上げは作らなくていい、自然発生的なものだけでいいと。はじめは、三ツ星レストランに納入されていますとか、G20の…とか、海外のIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)(英)やKura Master(仏)、全米日本酒歓評会(米)などで金賞を取りましたなど、信じるに足るブランドであることだと知っていただく努力が一番の優先順位でした。
お客様に私たちの事を信じてくださいと伝えることは簡単に出来ますが、そのリスクを背負ってる、それを信じて違った時に最終的に損をするのはお客様じゃないですか。商品自体には絶対の自信があるので、百光を選んで損をさせることはないですが、不安にさせる隙間なく「信じられる、良いお酒だな」と思ってもらえる努力をするのがブランドの仕事だと、ブランドアセットに注力することを2年間続けました。
もう1つは、マーケチームの体制が整ったということです。当時は社員数が5名ほどでしたし、元々メディアから始まった会社のためデジタルマーケのことなんてほとんどわからない状態からのスタートでした。基礎はわかっているけれど、広告運用ってどうすべきかわからないしLPO*が出来るかというと出来なかったので、2年間は定性的な価値を上げると同時に、マーケのメンバーを揃えて、ブランドのアセットを売り上げに転換していくという戦略をとりました。
結果、2つの取り組みに絞ったことがうまく作用して、売り上げをドライブしていったという流れです。
LPO:(Landing Page Optimization)の略。ランディングページ(LP)を最適化してコンバージョン率(CVR)を上げ、ビジネスの成果につなげるマーケティング手法。
ーここの順番が逆だったらうまくいっていなかったかもしれないですね。
うまくいってないと思いますね。私たちの後に立ち上がった日本酒ブランドの多くが逆でやっています。いきなり長いLP書いて、獲得した人をナーチャリングして……
それはもう皆同じなんですよね。”ミシュランシェフが唸り”みたいな。もうよく見る形式になってしまっています。
美味しいと感じてもらうための”体験”に責任を持つ
ーまずは足腰しっかりしてから販売し始めるという、テクニックと実の順番が上手くハマったのですね。
そうですね。人が口にするものだから絶対美味しくなければいけないというのは間違いなくて、ただ先に話した通り美味しさって正解がない曖昧なものです。人ってすごく機嫌に左右されて、例えば雨なら気分が落ち込むし晴れたら気分が上がるし、お腹が痛いとイライラしやすくなり、体調が良いとなんでもハッピーになる。つまり、どんなに美味い酒でも、周辺の環境や情報が整っていないと美味いと思えるかわからないんですね。
そこで、ただ美味しいお酒を提供するだけでなく、その周辺の環境や情報を含めて整える、そのようにブランドを作っていくことが私たちの役割だと考えています。「美味しいと思っていいんだ」「これって良いものなんだ」と思ってもらうための努力をすることを、私は”体験に責任を持つ”という言い方をしています。それを最初にやらないと、どんなに美味しい酒を作ってもなかなか伝わらない。
仕事柄ワインも飲みますが、「この産地で何年代に……」といった説明を事前に伺うことで、味が変わるといいますか、聞くと聞かないとでは体験に大きな違いがあると感じています。
ーたしかに、わかります。“お客様に美味しいと思っていただく体験を提供する”という努力をされていたのですね。味が美味しいのは大前提で、それを裏付けるストーリーがあるということも大切なのはわかったのですが、それ以外に何かこだわりはあるのでしょうか?
お客様が受け取れる価値の総和そのものがブランド力だと思っているので、受け取るもの全てのレベルを上げなければいけないと考えています。ブランドサイトの写真、言葉遣い、レイアウト、レスポンスのスピード、ググったときの検索結果もそうですし、360度どこから見てもそのブランドの評価がある状態にしなくてはいけない。見えるところだけをやっても張りぼてなんですよね。表面は綺麗だけど、ちょっと裏見たらなんにもないや、となってしまう。その状態を避けるために、作りこんでいく作業がブランディングだと考えています。
相対的な希少性「プレミアム」から、ものづくりの精神を表す「ラグジュアリー」へ
ー細部まで力を抜かないことが大事なんですね。その中で1番力を入れたことは何だったのでしょう?
1番の転換期は、リブランディングのタイミングでした。今は「ラグジュアリー」という言葉を多用していますが、当時2018年の創業当初のコピーって「プレミアム日本酒ECサイト SAKE100(サケハンドレッド)」(リブランディングを経てブランド表記をSAKE100からSAKE HUNDREDに刷新)だったんですね。今聞くと、我ながらダサい(笑)。
当時は「ラグジュアリー」と「プレミアム」の違いがよくわからなかったんですよ。ただ、売っている中でなんとなく違和感がありまして。ただ、お客様は美味しいと言ってくれてるし、むしろ品質に対してちょっと安いと言われることもあり、「自分のやりたいことって何なんだろうな、単価1万5,000円くらいで売れ始めてるけどちょっと違うな」というのがずっとありまして……
ーなるほど。何か「ラグジュアリー」に導かれるきっかけがあったのでしょうか。
その時に今の社外取締役の齋藤、元エルメス本社副社長を務めた者なんですけど、彼の本を読んだんです。書籍の中で、「エルメスの競合はどこですか?」という質問があって、当然ルイ・ヴィトンやシャネルとかだと思ったのですが、彼は「芋羊羹のとらやです」と答えていたんです。それがとても衝撃的でした。彼曰く、「ラグジュアリー」とはマーケティング用語ではなくて、物づくりの精神を表す会社ならではのものなのだと。物づくりの会社だからこそ「ラグジュアリー」と言えるのだと。
そういう意味で、とらやさんはエルメスと近いところを感じますと語っていました。それでもう、まさに稲妻に打たれた衝撃を受けました。「プレミアム」ではなく日本酒って「ラグジュアリー」なんだ、日本酒だから「ラグジュアリー」になれるんだと思いました。
その言葉との出合いがきっかけとなり、ブランドの構成もロゴも名前など事細かに1年かけて全てをリブランディングをして、今のSAKE HUNDREDの体裁になりました。それまでは、やっていることと身なりが一致していなかったんですよね。苦労したことは沢山ありますが、やってよかったなと思うことはリブランディングが大きいです。
ー「プレミアム」って相対的な希少性で、「ラグジュアリー」は積み上げたアセットの高さということですね。
そういうことです。他社を気にしないというか、横に並ぶものがありませんという。
ーその積み上げたアセットで、熱狂的なファンを生み出していると・・・!
既存のお客様が既に評価してくださっているというのは事実であり、それは色々なものの積み上げだと思っています。ただ、お客様がブランドの全てを知っているわけではない。
私たちが難しいなと悩んでいるのは、SAKE HUNDREDをどういうときに思い浮かべるか、という想起がまだ一部に止まっているということです。既存のお客様にインタビューすると、大体ライフステージが変わる瞬間なんですよね。結婚するとか退職するとか昇進するとか、いろんなハレのタイミングが多く挙げられました。とても光栄なことですが、もっと人生のあらゆる豊かさの中で、お客様を彩りたい。
今のお客様を大切にしつつも、もっと幅広い層から愛されるブランドにしていきたいと考えています。
ー日本酒の未知の部分を切り拓くような”挑戦”というアイデンティティを大切にしていて、ブランドの魅力になっていますよね。それってファンの方に伝わっていると思いますか?
ジワジワと伝わってきていると感じます。購入動機についてユーザーインタビューをした際、1位は高級感やそれに対しての品質に興味があるからで、2位はブランドのビジョンに共感しているから、という答えでした。日本酒産業において挑戦をして切り拓いていく、世界に向かって良いものを出していくんだという。
私たちが掲げているビジョンはすごく骨太なストーリーという自負があって、既にファンになっていただいているお客様に限らず多くの方に共感いただけるものだと思っています。
理想は意味が無い。顧客の人生の中に存在するストーリーを大切にすること
ーSAKE HUNDREDがこういうシーンで、こういう立ち位置で関わって、その人をエンパワーメントする……みたいな、理想のストーリーってあるのでしょうか?
理想のシチュエーションは正直無い、むしろこちら側が決めてはダメだと思っており、お客様に委ねています。
昨年、5周年を記念し、お客様からSAKE HUNDREDの想い出エピソードを募集する特別企画を実施しました。その際に、心が震えるほどの幸せに満ち溢れたたくさんのエピソードをいただきました。その中に、海外でオーロラを撮る仕事をしているプロのカメラマンさんのエピソードがありました。
「天彩(AMAIRO)」という商品を店で見たときに、天からの彩、まさにオーロラだと思ってくれたそうで、無事にオーロラが出現したら飲もうとカナダ極北まで持参されたそうです。“オーロラを飲み干すかのような感覚と、最高の味わいを堪能しました”、“生涯忘れられない味となりました”と言ってくださって、自分たちが想像もつかないシーンでも楽しんでくださっているんだと、とても嬉しいエピソードでした。
あとは、山岳救助隊の方が、自分が助けた方から「深星(SHINSEI)」がお礼に届いたという方もいました。「山のすごく綺麗な星をもう一度見たいと思っているのでまた山に行きたいです」と。それで、山岳救助隊の方みんなで、山中の澄んだ空気の屋外で、空に輝く満天の星々を眺めながら「深星」を飲んでくださったそうです。
ーすごいストーリーですね。実際にそれぞれのシーンを見てみたい、体験してみたくなりました。
体験するのはなかなか難しいと思いますが(笑)オーロラの写真は、撮ってきてくださっていました。
他に、日常のシーンで多かったのが、結婚の挨拶です。新婦のお父さんがちょうどこのお酒を飲みたがっていたようで、顔合わせが上手くいきましたとか。あとは、60代の奥様を亡くした男性が息子に勧められてここのお酒を飲んで、「うまいなあ」と久々に笑って前を向くきっかけになったというエピソードもいただきました。
このような生の声を聞くと、自分たちにとっての理想を押し付けても意味が無いと思ったんですよね。お客様の人生の中に自分たちの身が置いてあるので。記憶の残る瞬間にそばにいてほしいなと思います。
▲お客様から頂いたオーロラの写真
ー自由に楽しんでくださいとはありつつ、拠り所としてSAKE HUNDERDの日本酒が存在するというコアな部分が伝わったのですね。人に贈り物をするときって、自分の感性だけで選ぶのは難しいのですが、その物に込められたストーリーがあったら、胸を張って贈ることができますよね。
仰る通りですね。良いものって美味しいと同様に、人それぞれですよね。
ぜひ贈り物に迷った際は、SAKE HUNDERDをご検討いただけると幸いです(笑)
ーヒットまでの道のりからお客様の声まで具体的にお聞きできて大変興味深かったです。ありがとうございました!
取材を終えて
取材日は夕方にお伺いしたのですが、生駒さんはなんと15件のアポイントを終えた後だったそう!その多忙さからも、注目度が伺えます。お忙しい中にも関わらず、熱量高くお話を聞かせてくださいました。
全体を通して、“お客様に要求をしない”、”自然にお客様に選んでもらえるブランドをつくる”という生駒さんのブレない考えと努力がとても印象的でした。
余談ですが、私の座右の銘は”人は心”。美味しさだけでなく ”心”で選ばれるお酒であることが、人々を強い力で引き寄せているのだと感じました。
飲む人の気持ちを最大限まで高めて、本来の美味しさ以上の特別な瞬間に導く。商品自体の価値はもちろん、積み上げたストーリーも価値になる。
味覚だけではなく、人生において大きな影響を与える瞬間に寄り添う、その時間や感情までもを巻き込むことのできる日本酒だからこそ、強い気持ちを持つファンが生まれるのでしょう。そしてその体験へ導くため、裏も表も外見も中身も完璧に作りあげる、繊細で大胆な積み上げがあったのです。
取材: rayout
執筆:五十嵐路実
編集:神谷周作
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